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海外ニュース

【アメリカ】

動物実験は神経科学の標準モデルでありえるか?

AVA-net 海外 ニュース  No.134 2009-1-2

翻訳:宮路正子

ネイチャー 2008年8月6日号より

 '筋萎縮性側索硬化症(ALS)マウス'の使用について投げかけられた疑問は、動物モデルを使った神経変性疾患の薬品試験方法に関する大幅な再検討を促している。

 数年前、臨床神経科医マイケル・ベネター博士は、自分のALS患者で臨床試験できる薬品を見つけようという取り組みを始めた。ALSは、他には健康的に何の問題もない成人が罹る傾向があり、筋肉を動かす神経細胞がゆっくりと破壊されていく。この疾患に罹った有名人には、物理学者のスティーブン・W・ホーキング博士やアメリカの野球スター故ルー・ゲーリックなどがいる。

 ホーキング博士のような例外もまれにあるが、ALSは情け容赦なく進行し、病気が判明してから数年のうちに呼吸不全となる。何十年もの研究により、家族性ALSを発症させる可能性があるいくつかの突然変異遺伝子が明らかになったが、ほとんどのケースにおける発症の原因は解明されていない。そして、可能性のある治療法を次々と試しているにも関わらず、どれも大きな成果はあげていない。

 ベネター博士は、米ジョージア州アトランタにあるエモリー大学医科大学院の教授である。彼はまず、他の研究者がALSの標準マウスモデルで行った150以上の薬品試験に関する論文を調べた。ALSマウスモデルは、遺伝性ALSを発症する突然変異したスーパーオキシドジスムターゼ1(SOD1)の遺伝子のコピーを複数保有するように設計されており、人間の症状によく似た、神経細胞を殺す疾病を発病して死に至る。

 しかし、ベネターがこれらの研究を見直してみると、残念なことに、彼の研究にはほとんど役に立たないことが分かった。発表された実験は、トップレベルの科学誌に掲載されたものも含め、サンプルサイズが小さく、処理や対照群の無作化もされておらず、データの盲検法も行われていなかった。

 ベネターは、また、いくつかの薬品に関する研究データを公表する際、肯定的な結果だけを明らかにするという統計的証拠があることを見つけた。そして、他の研究者と内輪で話したところ、発表された肯定的な結果を確認しようと試みて失敗した例もあったが、確認できなかったという事実についてはまったく発表されていないことを確信するようになった。

 結局、ベネターに有用な情報をもたらすはずだった研究データは“よくてもせいぜい不確か”だったが、データをできるだけ活用して論文を書き、問題点と思われるところも明確にした。

 ベネターが2007年前半に、この論文(注1)を’Neurobiology of Disease(神経生物疾病)’誌に発表したときは、特に反響はないようにみえた。しかし、それから1年半が経った現在、他の研究者も同様の、しかも、より確定的な結論に達している。「マウスによる薬品試験を十分厳密に設計していなかったのではないかと、はたと気づいたのです」と、メラニー・ライトナー博士はいう。ライトナー博士は、マサチューセッツ州ケンブリッジに拠点を置くALS研究を促進する民間非営利組織、Prize4Lifeの主任科学者だ。

 この認識は広まりつつあり、アルツハイマーやハンティントンなど他の神経変性疾病のマウスモデルによる実験も、適切な厳密さを欠いて行われた可能性があると考えるようになってきた科学者もいる。この問題は、原則として‘どの疾病のマウスモデルを使ったいかなる研究’にも当てはまる、とニューヨーク州コロンビア大学のカレン・ダフ博士はいう。 ダフ博士は、普及しているアルツハイマー・マウスモデルを開発した研究者だ。5月に、10人ほどの前臨床研究者とマウスモデルの専門家が、‘Alzforum'というウェブサイトでこの問題を徹底的にネット議論した。‘Alzforum'というのは、研究者が定期的に集まって、神経変性疾病の問題について議論するオンラインの場だ。

 「この分野における軌道修正のようなものが必要です。そうでないと、ただこの方法が続けられていくだけになってしまいます」と、ロレンツォ・レフォロはいう。レフォロは、メリーランド州ベセスダにある国立神経疾患脳卒中研究所で、神経変性疾患の前臨床研究に対する助成金の交付を監督している。

 マウスでの薬品試験の結果が、臨床試験で完全に再現されたことは一度もないが、近年、特に神経変性疾病に関して、マウスモデルでの結果はほとんど役に立っていないようだ。例えば、昨年、アルツハイマー治療薬の候補に上がった3つの主な薬品、アルゼメド(3-アミノ-1-プロパンスルロン酸)、フルリザン、バピネオズマブは、マウスモデルではすべて非常に有効に見えたが、多数のアルツハイマー患者が関わった臨床試験では、わずかな効果しか見られない、あるいはまったく効果がない、だった

 ALSの場合、1ダースほどの薬品が、SOD1マウスの寿命を延ばす効果があると報告されたが、その後、ALS患者では何の効果も示さなかった。これらの失敗の中で最も新しく、かつ鮮烈なのは、抗生物質のミノサイクリンで、この薬品は、2002年以来、4つの別個に行われたALSマウス研究で多少は有効に見えていたが、400人以上の患者が参加した昨年の臨床試験では、症状を悪化させることがわかった。(注2)

 前臨床マウス研究が適切に行われていれば、ミノサイクリン、そして、それ以前の失敗に終わった他のALS薬は、決して臨床試験まで進まなかっただろうと、ショーン・スコットはいう。スコットは、マサチューセッツ州ケンブリッジに拠点を置く非営利のバイオテクノロジー企業、ALS治療開発研究所(ALS TDI)の代表だ。ALS TDIは、1999年、ALSマウスの病気の進行を遅らせる作用があるとして承認された薬品化合物を迅速に検査するために設立された。2001年、ALS TDIはリトナビルという抗HIV薬を発見した。リトナビルはマウスの延命に有効だと思われたので、ALS TDIはALS患者で小規模な安全性試験を開始したが、すぐに次の薬品試験へと移行するのではなく、そのまま、マウスでのリトナビル試験を続行した。リトナビルがどう作用するのかを知り、それを改善できるかもしれないと思ったのだと、スコットはいう。

<効かない薬品>

 スコットと彼の同僚は、マウスの数を増やしてリトナビルの試験を拡大したとき、統計的に見た薬品の延命への有効性がより明確にならず、それどころかすべて消し去られてしまうことが分かり驚いた。安全性試験においても、患者には何の効果もないようで、投与量を増やしたところ、多少の有害性さえあったと、スコットはいう。

 この経験を教訓に、実験の問題点解明のために資金を得、ALS TDIはそれからの数年間を、マウスの実験方法を改善し、うまくいかなかった理由と考えられそうなものを解明することに費やした。また、他の研究機関で行なわれたマウス実験では有効だと思われたミノサイクリンなどの薬品も含めて、ALSへの効果が期待される薬品について、独自に改善した方法論的厳しさを適用した試験も行なった。「けれども、最後には絶望してしまいました。他のどこの研究室よりはるかに多くの動物と、優れた薬理製剤を使用し、マウスの神経系に到達する薬品の濃度に注意を払ったにもかかわらず、どの薬品も効果をあげるようにすることができませんでした」と、スコットはいう。

 2006年後半当時、ALS TDIは、研究資金の一部として筋ジストロフィー協会(MDA)から20万ドルの助成金を受けていた。MDAは、1950年代からALS研究を支援している。MDAの研究開発ディレクター、シャロン・へスタリーは助成金交付の監督をしているが、ミーティングなどでスコットと彼の同僚が、学界のメンバーから非難されていたことを覚えている。自分たちの研究結果をひとつも再現できないのは、適切に行なっていないからだという意味のことを言われていたのだった。

 しかし、ヘスタリーは、すでに、ALS TDIのアプローチ方法は他よりはるかに厳しいものであり、発見すべきものがあれば、彼らが発見していただろうという結論に達していたので、MDAはその後まもなく、それまでよりはるかに多額の助成金をALS TDIに提供し、研究継続のために年間およそ600万ドルを提供することになった。ヘスタリーは、それと同時に、ALS TDIに働きかけ、SOD1マウス試験における問題の分析を発表するよう仕向けた。「そうすれば、うちの助成金交付審査担当者は、ALS TDIがこれまでに解明したことを他のマウス研究に適用し始めることができます」と、ヘスタリーはいう。

 ALS TDIが最終的にまとめた分析は、ベネターのものと重複しているだが、同時に、それよりさらに進んだものでもあった。スコットらは、ALSマウスによる薬品試験でこれまでに有効だとされていた薬品のデータは、おそらく薬品とは無関連なマウスの個体寿命差に影響されていて、研究で測定されていたのは実はすべてこの無関連因子だったのではないかという結論に達した。使用動物数が少ない、そして薬品の有効性に否定的な結果に対する偏見があるなかで、実際には薬品の作用は何もなくても、無関連因子の影響が大きければ、あたかも薬品が有効だったかのような結果が出る可能性も容易に考えられるのではないかという。

 ALS TDIの研究で、無関連因子としての影響が最も大きかったのは、研究から適切に排除されなかったマウスだった。例えば、ALS以外の原因によって動物が若年で死んだ場合は、研究から排除しなければならなかった。スコットは、学究的実験施設のマウス群の中には、感染症に’汚染されている’群れや、変異体SOD1の遺伝子のコピーを十分に発現していない群れもあると考えるようになった。実験群と対照群が、性別や同腹の個体数において均等でないことなども無関連因子として研究に影響する可能性がある。というのは、このような因子によってマウスの寿命は自然に異なってくるからだ。スコットらは、実験では、何よりもまず、実験群あるいは対照群のマウスを、それぞれ通常のほぼ2倍、最低でも24匹とし、薬品の真の効果が統計的に無関連因子を乗り越えて表れることを確実にすることを勧めるようになった。

 2006年後半、スコットは、ALS TDIの研究結果を“米国科学アカデミー紀要”に投稿したが、ここで審査員のひとりが、マウス研究で薬品の有効性を再現できなかったことについてALS TDIを批判したのだった。スコットは、ただ自分たちの研究結果を公表したかっただけだという。この論文は今年1月’Amyotrophic Lateral Sclerosis(筋萎縮性側索硬化症)’誌に掲載された。(注3)

 論文発表直後は何の反応もなかった、とライトナーは振り返る。「学術研究者は、時間と戦いながら一生懸命に研究を行なっていますから、どこかの研究チームに、自分の実験計画が誤っていたと指摘されるのは受け入れがたいことだというのはよく分かります。そのチームが必ずしも自分と同じ規制の下で研究を行なっていない場合はなおさらでしょう」

 バイオ企業としてのALS TDIは、ピアレビュー誌にはそれまで一度も研究を発表したことがなかった。ALS TDIでは、7人の博士号を持つ科学者が研究を監督しているが、創設者、ジェームス・ヘイウッドは、科学者ではなくエンジニアで、彼の兄弟がALSと診断された後、ALS TDIを立ち上げた。ショーン・スコットは、彼の母親がこの病気を発症した後、ボランティアとして参加した。スコットは、カリフォルニア大学バークレイ校の修辞学の学士号を持っているが、科学者になるための正式の教育は一切受けていない。その彼が、権威ある学術研究者が、つまるところ、何年も無駄な努力を続けていたと結論付ける論文の主執筆者となったのだ。

 ハーバード医学大学院ブリガム・アンド・ウィメンズ病院のロバート・フリードランダーは、SOD1マウスでミノサイクリンの有効性を最初に示した研究(注4)の主執筆者だったが、別々に行なわれた他の3つの研究も同様の結果を得たとして、自分の研究の妥当性を主張している。「ALS TDIがこれらの研究結果を再現できなかったという事実は、ALS TDIの実験方法に関する疑問を生じさせます」と、フリードランダーはいう。ミノサイクリンの失敗した臨床試験に関しては、患者への薬品の投与量が多すぎたのかも知れず、もっと少ない量であれば効果が得られたかもしれないが、個人的にはあの試験は不備があるものだったと思う、と述べている。

 メリーランド州ボルチモアのジョンズ・ホプキンス大学医科大学院で大規模なALS研究室を管理している神経科医のジェフ・ロススタインは、ALS TDIはいくつかの良い統計を出しているが、自分が2002年に行なったSOD1マウス(注5)での抗炎症剤セレブレックス(celecoxibの商品名)の研究結果をALS TDIが再現できないのは、研究デザインが同じでなかったためかもしれない、という。ロススタインの研究所では、セレブレックスが神経炎症を抑える生物学的効果を確認できたが、ALS TDIの研究ではそれを探求しなかったのだという。「ALS TDIの研究結果が我々のものと異なっていたのは、ALS TDIが生物学的有効性を得なかったからなのでしょうか。それを知るのはむずかしいことです」と、ロススタインはいう。セレブレックスはその後、ALS患者での臨床試験に失敗している。

 現在、スコットらの研究結果を妥当だと見る前臨床研究者が増えてきているようだ。それでも、ALS以外の疾病の研究をしている研究者も含めて、あまりに多くの科学者が、自分たちのマウスモデル研究に問題があるという可能性に気づいていない、とライトナーは考えている。

<厳格性を欠く基準>

 ライトナーが企画したAlzforumの最近の集まりでは、スコットら研究者たちがALS TDIの研究について議論し、概括的に、このような方法論的問題はALSだけに限らないのではないかという懸念について述べた。「10匹の動物で実験を一回行って結果を得ます。そして、それが正しい結果であれば、知名度の高い科学誌に掲載されます。それについて、異なる個体群のマウス、より大きな個体群のマウス、あるいは異なるモデルを使用して同じ結果を再現しなければいけないという規定などはないのです」というダフは、これまでALS TDIの研究に関するニュースを熱心に追ってきた。

 「現在、研究に使用されている神経変性モデルの多くは、いろいろなものが混じったり、分離したりという遺伝的背景を持っています。そのような場合、近親交配の同腹子でさえ、遺伝子的に同一ではありません。そして、例えばマウスの寿命といった遺伝的背景の影響がある場合、本来、研究で焦点を合わせたいはずの薬品ではなく、そちらの影響を測定することになるかもしれません」と、フォーラムに参加したグレッグ・フォックスはいう。フォックスは、メイン州バーハーバーにある世界最大の研究用マウス提供企業、ジャクソン研究所で働くマウス遺伝学者だ。

 やはりジャクソン研究所に勤務する神経科学者のマイク・サスナーは、遺伝子の自然な変化が、病原性の突然変異遺伝子に直接影響を与えることが多いのに注目する。SOD1マウスやアミロイドタンパク質を過剰生成するように設計されたアルツハイマー・マウスについては、病気を進行させる‘導入遺伝子'の転写の多くにおいて変化がよく見られる。ハンティングトン病マウスに関しては、自然な変化は導入遺伝子内において、病気の原因となる反復配列の数を変える可能性がある。「したがって、ハンティントン病マウスを10世代以上にわたって飼養し、反復配列が100回から50回になると、基本的に表現型を失うことになります」と、サスナーはいう。

 サスナーは、また、ジャクソン研究所では現在、問題削減のために、トランスジェニック・マウスの遺伝的構成をチェックしているが、この問題についてすべての研究者が認識しているわけではないと付け加えた。「マウスを研究室で作成して、これを10ヶ所に分配すれば、世界中で10の異なる個体群ができ、それらはすべて遺伝学的に他の群れとは異なるものになります。私が発表する論文では、私は自分のマウスについて話しているわけですが、聞き手は自分も同じマウスを持っていると思います。でも、本当にそうなのでしょうか」

 サスナーは、他の科学者と共に、現在、前臨床研究者のための指針も含めて、この問題に関する公式な文書を作成しようとしている。ライトナーは、そのような努力を称賛してはいるが、それには米国立衛生研究所(NIH)の関与が必要だと考えている。「このような問題は、政府が問題の検討を奨励、また、支援しなければ、なかなか受け入れられないだろうと思います。というのは、ALS TDIの研究が、基本的に示しているのは、すべての研究者が、これまでよりはるかに精密で高価な動物モデルで実験を行う必要であるということですから」

 ダフもこれに同意している。「今のところ、ふんだんに資金を使い、本当に大規模なマウス研究を行なう為の資源がありません。したがって、ここでNIHが時代を先取りして、例えば、プログラムを立ち上げて、ショーン・スコットの研究チームが行なったようにマウスモデルを詳細に観察し、どうして転写しないのかを研究するための助成金応募を行ったらいいのではないかと思います。」

 レフォロでさえも、政府機関が率先してこれらの問題に取り組むべきだと考えており、何よりも、新しい方針がなければいけないという。しかし、彼は、主に学会自体がNIHの助成金交付過程を規制していることを強調する。「研究者が方針を受け入れ、助成金と応募書類の審査を行う人間も、科学誌の編集者も受け入れなければなりませんが、これまでのところ、大きな変化が起こる様子はありません。これらの問題が、科学審査センターの専門分野別審査会で取り上げられれば、少なくとも私はそれを知る立場にあります」

 前臨床研究者が、最終的にマウス研究における方法論的弱点を解決しても、対処すべき問題は他にもある。例えば、ベネターが2007年に発表した論文で言及したように、SOD1マウスは、通常、病気の発症前に薬品を投与されるが、人間の場合では臨床症状発症前に治療を開始することはほとんどすべての場合不可能なので、マウスにおける臨床症状発症前の治療の成功が、臨床での有効性へと置き換えられると思うのは希望的観測にすぎないという。

<誤ったモデル?>

 この分野において、おそらく一番問題なのは、マウスモデルが人間の病状を忠実に再現しているかどうかということだ。アルツハイマー病のマウスモデルでは、通常、脳内にアミロイドタンパク質の‘凝集物'が発現するが、アルツハイマーに見られるような痴呆を発症せず、臨床試験におけるアミロイド攻略は、何度試みても病気の進行を遅らせることに失敗している。パーキンソン病の過程を完全に再現するマウスモデルはこれまでに存在せず、比較的、単純な遺伝子疾病であるハンティングトン病のマウスモデルすら、この病気の臨床症状を完全に再現できた例はない。

 SOD1マウスは、神経変性疾患の動物モデルの中でも最も精密なモデルのひとつだと見なされてきた。SOD1遺伝子の変異が起こるのは、家族性ALS患者のおよそ20%(ALS患者全体の2%から3%)にすぎないが、動物が発症する疾病が、特発性ALS患者の一般的な症状に類似しているので、これまで、2つの疾患では‘最終共通経路’と呼ばれる運動ニューロンが破壊されるという共通点があると考えられてきた。

 しかし、現在、この仮定は疑問視されている。 過去2年間に、研究者は、TDP-43というDNA結合タンパク質が奇形である、あるいは細胞内で不適切に処理された場合、特発性ALSの引き金になる可能性、そしてSOD1が引き起こすALSは実は別個のものである可能性を示唆する証拠を発見している。 SOD1動物モデルを特発性ALS患者に当てはめることができるという考えは成立しない、とヴァージニア・リーはいう。リー博士は、フィラデルフィア州にあるペンシルバニア大学の神経病理学者だ。最初にTDP-43と特発性ALSとの関連を報告したのは彼女の研究室だった。(注6) また、現在、彼女の研究室は変異したTDP-43を持つALSマウスモデルの発明を競っている研究室のひとつだ。

 大半のALS患者とSOD1マウスの関連性についての議論は、より大きな懸念をもたらす。つまり、通常、疾病の進行過程が、単一の単純な遺伝子変異によって加速するマウスで、年齢に伴う人間の脳障害の複雑さを、完全にモデル化しようと考えるのは非現実的であるかもしれないという懸念だ。

 理論的には、より人間に近い神経系を持つサルのほうが、人間の神経変性疾病モデルとしてはるかに適しているはずだ。実際、アルツハイマー・ワクチンの実験では、すでに老齢のベルベットモンキーが使用されているし、アンソニー・チェンら、ジョージア州アトランタのヤーキーズ国立霊長類研究センターの研究者は、ハンティントン病のヒト遺伝子を有し、ハンティントン病患者の症状に非常に近い状態を再現するマカクザルの作成について記述している(注7)。ニューヨークのマウント・サイナイ医科大学院の動物モデル研究者であるジョン・モリソンは、これまで以上に非ヒト霊長類モデルを前面に持ってくる必要があると確信している、という。

 しかし、霊長類へと実験動物を切り替えることは、研究者によっては倫理的な問題を提起するだけでなく、法外に高価になる場合もある。スコットの概算によれば、約50匹のALSマウスを使って6ヶ月の研究を行うとおよそ10万ドルかかるが、ヤーキーズ研究所の所長、スチュアート・ゾラは、普通のマカクザルを50頭使って2年研究を行うとおよそ500万ドルかかると見積もっている。そして、神経変性疾病は緩やかに進行するため、年齢を経ないと薬品の効果が表れない可能性もあり、それを研究するためにはそれ以上の時間とお金が必要になるかもしれない。

 スコット、ダフ、ロススタインなどの研究者は、マウスモデルはこれからも使用すべきだが、マウスモデルにおける薬品試験は、例えば、TDP-43の蓄積が疾病と関連があることが判明した場合、寿命や作用といった、マウスと人間では本来一致しない、広範囲な薬効評価ではなく、特定の、疾病に関連した分子経路に絞るべきだという。スコットは、今、SOD1マウスは“おそらく疾病モデルではなく経路モデルであり、薬品でマウスの寿命に影響を与えられたら、それだけでも十分だと考えている”という。ALS TDIは現在、SOD1マウスとALS患者から採取した様々な組織における遺伝子発現パターンを調べ、疾病の分子経路を共有しているとすれば、どこなのかを突き止める研究を完了するところだ。

 したがって、マウスモデルは、納得のいく厳密性を求めれば、使用がより難しく、高価になるだけでなく、予測できる疾病の範囲がより狭くなる可能性もある。しかし、前臨床研究者がそのような抜本的な変更を受け入れるかどうかはまだ分からない。「薬品の臨床試験までこぎつけるのに都合のいいモデルが必要だと必死になっているのだと思いますし、実際、そのような懸念を耳にします。しかし、必死であるということは、劣悪なモデルを使い続けることを正当化するには不十分です。それは、ことわざにある酔っぱらいが、ただそこが明るいからという理由で、なくした鍵を街灯の下で探し続けるのに似ています」、とベネターはいう。

参照:注

1. Benatar, M. Neurobiol. Dis. 26, 1?13 (2007).
2. Gordon, P. H. et al. Lancet Neurol. 6, 1045?1053 (2007).
3. Scott, S. et al. Amyotroph. Lateral Scler. 9, 4?15 (2008).
4. Zhu, S. et al. Nature 417, 74?78 (2002).
5. Drachman, D. B. et al. Ann. Neurol. 52, 771?778 (2002).
6. Neumann, M. et al. Science 314, 130?133 (2006).
7. Yang, S.-H. et al. Nature 453, 921?924 (2008).

NATURE
www.nature.com
Published online 6 August 2008 | Nature 454, 682-685 (2008) | doi:10.1038/454682a

 

 

 

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